夏と花火と私の死体

 

今回の本

乙一著、夏と花火と私の死体Death

 

 

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砂糖菓子と同じく、kissyou氏から借りた本。

乙一氏の名前はいたるところでちょいちょい耳にするケド

今まで読んだ事が無かった。

恐らく僕が初めて乙一氏の事を知ったのは

中学の時に読んだ「NHKにようこそ!」の末尾に

「GOTH」の作品紹介があったのを目にした時で

なんとなく、NHKみたいな病んだ感じの本を書いている人という印象だった。

ちなみに、その時の僕はNHKの表紙を描いているのが

あの安倍吉俊氏だなんて知る由も無かった......

 

この本を借りた時に面白そうなタイトルだなって思ったんだけど

その時、僕はこのタイトルのおかしな点に気付かず

砂糖菓子を読み終え、次にこの本を取った時

ようやくこのタイトルの謎に気付いた。

夏と花火と「私の死体」??

夏と花火と「死体」なら分かるが、「私の死体」とはどういう事なのか......

タイトルのインパクトも強いけれど

書き出しの文も印象的。

 

九歳で、夏だった。

 

この簡潔な文だけで

主人公が9歳の時に起きた夏の出来事の話なんだな

主人公の一人称視点で話が進んでいくんだな

という情報が瞬時に入って来る。

洗練された文章ってこういうのなんだろうなぁと思いながら読み始めました。

 

主人公は五月という女の子で

村に住んでいるという事から

結構な田舎が舞台になっていると伺える。

五月は、弥生ちゃんという同級生の女の子と

弥生ちゃんの兄である、健くんと3人で一緒にいつも遊んでいるようで

この健くんは、弥生ちゃんの2歳年上で

勇敢で優しく、弥生ちゃんにとっては自慢のお兄ちゃんであり

五月が恋心を抱いている相手でもある。

 

五月と弥生ちゃんは、よく木登りをして遊んでいたようで

その日も木の上に座って二人でたわいもない会話をしていた。

五月の家では、ご飯を食べている時にテレビを見たら怒られるのに

弥生ちゃんの家では、テレビを見ていても怒られないという話を聞き

「私も弥生ちゃんの家に生まれたかった」と羨ましがる五月

それに対し、弥生ちゃんは

「......私は違う家に生まれたかった」

と笑顔を無くした顔で呟きます。

もう不穏な空気がビンビン漂っている。

 

なぜ違う家に生まれたかったのか問いただす五月に対し

「だっておにいちゃんと......」と口ごもる弥生ちゃん。

カンのいいガキだった五月は

「健くんと結婚できないから違う家に生まれたかったの?」と

弥生ちゃんの本心を見抜きます。

弥生ちゃんの心の内を暴いてしまったようで

申し訳なさを感じた主人公は

「私も健くんの事が好き」と自身の恋心を打ち明ける。

その告白に、心底驚いたような反応を見せる弥生ちゃん。

その時、健くんが遠くから歩いてくるのが見えて

五月は健くんに向けて大きく手を振る。

それに気づいた健くんが、元気よく手を振り返すのに嬉しさを覚えながら

他の木々に隠れてしまった健くんの姿を探そうと

身を乗り出す五月。

健くんが駆けてくる姿が木々の隙間から見えた瞬間

五月は自分の背中に掌の感触を感じる。

弥生ちゃんの手だと思った瞬間、その手は

五月の体を力強く押し出していた。

 

最後に、踏み台にしていた大きな石の上に

背中から落ちて、わたしは死んだ。

 

なんと、物語が始まってすぐに主人公が殺されてしまうのです。

ページ数にして22ページ、この後どうするんだ?

ここでタイトルの謎が判明するんですが

ここからは主人公の死体視点で話が進行していきます。

えっ弥生ちゃんやべー奴じゃん、てかこのまま話進むの?と混乱していると

弥生ちゃんの死体を目の当たりにした健くんの反応がこれ。

 

「一体全体どうしたんだ?弥生」

まるで子供を泣きやませるかのように

弥生ちゃんとわたしの死体に優しい微笑みを向けて

健くんはそう訊いた。

そしてわたしに近寄りながら言った。

五月ちゃん、死んでるじゃないか。

弥生、泣いてちゃわからないだろ

なにがあったのか話してみなよ」

 

 

それだけ?

 

いつも一緒に遊んでいた女の子が死んでいるのに

「五月ちゃん、死んでるじゃないか」の一言で片づける健くん。

一気に奇妙な作品の世界観が展開されるので

これはそういう話なんだなと納得するしかない。

そして当然のように、五月が足を滑らせて落ちてしまったと

嘘の説明をする弥生ちゃん。

しかし、ここで実は弥生ちゃんよりも

健くんの方がヤバいのではと感じるセリフがある。

 

「そうか、滑って落ちちゃったのか。

それじゃあ仕方ないさ。

弥生はなにも悪いことなんかしてないだろ

だから泣くのはやめなよ」

 

ペットが死んだ時以上のあっさりとした反応......。

そして、とにかくお母さんに知らせようという

真っ当な健くんの提案に対し

「そうしたらお母さんが悲しんじゃう」とそれを拒む弥生

当然、本心は自分が殺した事がバレるのが嫌だからなんですが

 健くんはそれもそうだなと納得し、こう言います。

 

 「そうだ、五月ちゃんを隠そう!

ここで死んだことがばれなけりゃいいじゃないか!」

 

 

 こいつが一番ヤバい。

 

五月が死んだ事が分からなければ誰も悲しまないという

狂った結論に至り、それを実行する2人。

その2人の様子を、死体になった主人公の視点で描いていくという

何もかもがおかしい作品になっています。

健くんのヤバさはその後もどんどん明らかになっていく。

ちょうど近辺で子供の誘拐事件が続いていた事もあり

五月も誘拐されたのではと警察に捜査される事になるのですが

警察の「不審な人物は見なかったか?」という質問に対し

健くんは「見なかった」と答えます。

弥生ちゃんは、適当な嘘をでっち上げればいいのにと思う訳ですが

健くんは一度嘘をつくと、嘘を塗り重ねる事になり

どこかで自分のついた嘘が崩壊してしまう。

大切な部分だけを偽る事が最も安全だと悟っているのです。

そして特筆すべきは、とても小学生とは思えない冷静さで

何度も五月の死体が発見されそうになる場面があるのですが

すぐパニックで頭が真っ白になる弥生ちゃんに対し

健くんは冷静にその状況を次々と打開していく。

そしてその状況を楽しむという

完全に「イケメンで優秀で誰からも好かれているが実はサイコパス」ってキャラ。

実際、五月を殺したのは弥生ちゃんで

健くんは皆を悲しませたくないという純粋な思いで行動してる筈なのに

健くんに比べると弥生ちゃんがマトモに見えてきます。

 

そして、死体となった五月の語り口が淡々としているのも面白い。

死体となっても「恥ずかしい」「悲しい」という感情はあるみたいなんですが

あまり強い感情は描写されず

あくまで周囲の様子を淡々と描いているという印象。

そして、五感がまだ働いているような描写がされます。

 

わたしの足の親指に斜めから太陽の光が当たる。

冷たくなったわたしの体の一部に

生命のぬくもりにも似た夏の熱がこもった。

 

様々な奇妙さが複合して味わい深い作品になっている。

そして、健くん以上にヤバい奴がいた事が分かるラストもいい。

 最後の作品解説によれば、乙一氏のデビュー作品であり

この話を執筆した当時、なんと乙一氏は16歳だったらしい。

編集部はその事に大層驚いたそうですが

自分もそういった仕事に就いていて

16歳の少年がこの作品を書いてきたら天才だと驚愕するに違いない。

乙一氏の名前をよく聞く理由が分かりました......

また、この本には「優子」という作品も収録されていて

こちらはなんとなくオチが予想出来てしまったけど

しかし、明らかにこういう表現がされているから違うかと

その考えを途中で取り消した。

最後に、信頼できない語り手の話だった事が分かり

やられたって感じが。

表題作の完成度が高すぎるからあれだけど

こちらも面白い話でした。