ペスト

これもちょっと前に読み終えていたんだけど

今回やるのはアルベール・カミュのペストです。

 

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アルジェリアのオランという街でペストが発生したという想定で書かれた作品。

作中でオランは封鎖、いわゆるロックダウンされる事になるんですが

これがコロナの状況下に似ているという事で話題になったのは知ってる人も多いのでは。

昔の作品にも関わらず、再び売れて書籍の販売ランキングで上位に入ったほど。

僕もニュースで目にして、せっかくだし読んでみようと思った次第式次第。

 

説明しよう!アルベール・カミュとは。

ノーベル文学賞を受賞してる作家です。

以上。

 

この説明が一番スゴイ作家なんだなぁと分からせる気がする。

というか僕もどんな作家かというと詳しくは知らないので

この説明ほどの知識しか無い。

フランスの作家というイメージがあったんですが

なぜペストの舞台はアルジェリアなのかと思って調べてみると

フランス領時代のアルジェリアに生まれたからとの事。

厳密にいうとアルジェリアの人みたいです。

ちなみに彼の兄の孫はセイン・カミュとのこと、知らなかった・・・。

 

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おそらく、彼の書籍で一番有名なのは異邦人という小説で

ノーベル文学賞の受賞はこの作品によるものともいわれているそう。

僕が唯一読んでいたカミュの本もこの異邦人で

「きょう、ママンが死んだ」という書き出しはあまりにも有名。

丁度母親が死にそうだという連絡を受けていた時(返事はしてない)に読んでいたので

その後に続く、「もしかすると昨日かもしれないが、私にはわからない」という部分も

自分の状況に近く、主人公の思考も自分に似たような部分があった為

多くの人は主人公の行動・思考が理解出来ないでしょうが、僕としてはそうも思えなかった。

 

このペストはその異邦人の後に書かれた作品という事で

ペストの作中にも異邦人で書かれた事件を思わせる話題が出てきたり

「天気のせいでね」とこれも異邦人を思わせるセリフがあったりと

セルフパロディ的な要素もあったりする。

海水浴・暑さというワードも両作品にみられ

無神論的なテーマが秘められている部分も共通してます。

実際、カミュキリスト教を否定してたみたい。

しかし、異邦人は老人と海ぐらいの薄さなのに対してこのペストは長編。

地の文も多くて難解な部分もあり、読むのが難しい作品だと思われます。

なので、話題になったから買ってみたけど、途中で読むの止めたって人も結構いるのではないかと思う・・・。

僕も所々分からなくなる所があり、普段から本を読まない人にはオススメできないし

正直、僕は異邦人の方が好きだと思いましたまる

 

物語の構成としては、リウーという医師を中心とし

三人称視点でペストが街を襲った様相を描いています。

そして最後には、この物語がリウー本人が書いた手記である事が語られます。

客観的な視点で書かれている理由も説明されているんですが

如何せんそれも曖昧なもので、僕の理解力と言語力では伝えきれない為

この辺りは実際に読んでみて確かみてみろとしか言えない。

僕が読んだ所見では、危機的状況を作る事で表現される人間賛歌的な話でもあり

人間の無力さを記した話でもあり、神の不必要性を説くような話だと思われました。

個人的にはイマイチでしたが

人間の生・なぜ生きるのか、何を成すのかについての話にもなっていると思うので

僕が最初抱いていた印象よりも深い話だと思う。

出来れば何回も繰り返し読んで理解を深めたいけれど

色々な作品を読みたい気持ちもあるので(既に次の本を読んでいる)

とりあえず今回はここまで・・・。

恒例のコーナーいきましょう。

 

 

土気色になり、唇は蝋のように、まぶたは鉛色に、息はきれぎれに短く

リンパ腺に肉を引き裂かれ、寝床の奥にちぢこまって

まるでその寝床を体の上へ折りたたもうとするかのように

もしくはまた、地の底から来る何ものかに一瞬の休みもなく

呼び立てられているかのように、門番は目に見えぬ重圧のもとにあえいでいた。

女房は泣いていた。

「もう望みはないんでしょうか、先生」

「死んでしまった」

とリウーはいった。

 

 

問題―時間をむだにせぬためにはいかにすべきか。

答え―時間の長さを残りなく味わうこと。

方法―日々を歯医者の待合室ですわり心地の悪い椅子に腰掛けて過すこと。

日曜の午後を自分の部屋のバルコニーで暮すこと。

自分にわからない国語で行われる講義を聞くこと。

最も長くかつ最も不便な汽車の旅程を選び、もちろん立ち通しで旅行すること。

劇場の切符売場で行列に並び、しかも切符を買わないこと、等々……。

 

 

さまざまの数字が彼の記憶のなかに漂い

そして歴史に残された約三十回の大きなペストは

一億近い死亡者を出していると彼は胸につぶやいた。

しかし、一億の死亡者とは、いったいなんだろう。

戦争に行って来た場合でも、一人の死者とは何であるかを

すでに知っているかどうかあやしいくらいである。

それに、死んだ人間というものは

その死んだところを見ないかぎり一向重みのないものであるとなれば

広く史上にばらまかれた一億の死体など、想像の中では一抹の煙にすぎない。

 

リウーはプロコペウスによれば一日に一万の犠牲者を出したという

コンスタンチノープルのペストのことを思い出した。

一万の死亡者といえば、大映画館の観衆の五倍に当たる。

そうだ、こんなふうにでもやってみることだ。

五つの映画館の閉館のときに観衆を集め

市の市場へ連れて行って、ちょっとどんな具合かひとかためにして死なせてみる。

そうすれば、少なくとも、見知った顔を

この無名の人山のなかに加えることができるだろう。

 

 

しかし、大多数のものにとってはそれは直ちに入院であり

そして入院ということが貧しい人々にとって何を意味するかを、彼は知っていた。

「いやですわ、実験の材料にされたりするのは」と、ある患者の細君は彼にいったのであった。

患者は実験の材料にはならないであろう。

彼は死んでしまい、そしてそれっきりなのだ。

 

 

「これは、あなたのような人には理解できることではないかと思うのですがね

とにかく、この世の秩序が死の掟に支配されている以上は、おそらく神にとって

人々が自分を信じてくれないほうがいいかもしれないんです。

そうしてあらんかぎりの力で死と戦ったほうがいいんです、神が黙している

天上の世界に眼を向けたりしないで」

 

「なるほど」と、タルーはうなずいた。

 

「いわれる意味はわかります。

しかし、あなたの勝利は常に一時的なものですね。

ただそれだけですよ」

 

リウーは暗い気持ちになったようであった。

 

「常にね、それは知っています。

それだからって、戦いをやめる理由にはなりません」

 

「確かに、理由にはなりません。

しかし、そうなると僕は考えてみたくなるんですがね

このペストがあなたにとって果してどういうものになるか」

 

「ええ、そうです」

 

と、リウーはいった。

 

「際限なく続く敗北です」

 

 

市民たち、少なくともこの別離に最も苦しんでいた人々は

現在の状況に慣れてしまったのであろうか?

それを肯定することは完全に正しいとはいえないであろう。

彼らは精神的にも肉体的にも、肉のやせ細るのに

苦しんでいたといったほうが、もっと正確であろう。

ペストの初めのころには、彼らは自分の手もとから失われた者のことを

きわめてよく思い出して、なつかしがったものであった。

しかし、愛するその顔や、その笑い声や、今になってそれは幸福な日だとわかった

ある日のことなどは、あざやかに思い出せたとしても

彼らがそうして思い出しているその時刻に

しかもそれ以来実に遠いところとなった場所で

相手がどんなことをしているものか、それを想像することは困難であった。

要するに、この時期においては、彼らには記憶はあったが、想像が不十分だったのである。

ペストの第二段階においては、彼らは記憶も失ってしまった。

 

 

まるで期限の見当もつかないある期間にわたって

彼の役割はもはや治療するっことではないことを彼は知っていたのである。

彼の役割は診断することであった。

発見し、調べ、記述し、登録し、それから宣告する―

これが彼の務めであった。

夫や妻たちは彼の手首をつかんで泣きわめいた―

「先生、どうか命を助けてやってください」

しかし、彼は命を助けるためにそこに控えているのではなく

隔離を命ずるためにそこに控えているのであった。

そのとき人々の顔に読みとる憎悪の色などが、一体なにになっただろう。

 

「あなたには人情というものがないんです」と、ある日、彼はいわれたものである。

そんなことはない、彼はちゃんとそれをもっていた。

それが彼の場合には、生きるように作られた人間たちが死んでいくのを見る

毎日の二十時間をもちこたえるために、役立っていたのである。

毎日また同じことを始めるために役立っていたのである。

以来、彼はそのためにちょうど十分なだけの人情をもつようになっていたのであった。

そんな人情だけで、どうして命を助けることなどできたであろうか?

 

 

ドアをたたく音がしたと思うと

一人の看護人が、白いマスクをつけて、はいって来た。

彼はタルーの机の上に一束のカードを置き

そして布片に押し消された声で、ただ「六名です」とだけいい、それから出て行った。

タルーはランベールの顔をながめ

そしてそのカードを扇形にひろげながら、彼に見せた。

「すてきなカードでしょう、どうです?

ところが、そうじゃない。

これは死亡者ですよ、夜の間の」

 

 

今はもう灰色の粘土に凝固してしまったその顔のくぼみのなかで

口が開いたかと思うと、ほとんど直ちに、単一の持続的な悲鳴―

ほとんど呼吸による抑揚さえ伴わず、突如、単調な不協和な抗議で

部屋中を満たし、そしてまるで、ありとあらゆる人間から

同時に発せられたかと思われるほど非人間的な悲鳴―

がその口からほとばしり出た。

リウーは歯を食いしばり、タルーは顔をそむけた。

ランベールはカステルのそば近く寝台に進み寄り

カステルは膝に広げたままだった本を閉じた。

パヌルーは病に汚染され、このあらゆる年齢の悲鳴に満たされた

あどけない口を見つめた。

 

そして、彼がぱったりひざまずいたと思うと

やや圧し殺したような声、しかし絶えようともせぬ無名の悲鳴の陰に

はっきり聞きとれる声で、こう唱えるのを一同自然なこととして聞いた―

「神よ、この子を救いたまえ」

しかし少年は叫び続け、そしてその周囲では、患者たちが興奮し始めた。

さっきから部屋の向こう端で叫びをやめないでいた患者は

そのうめきのリズムを早め、ついにはこれまたまったくの悲鳴を発するに至り

その間、ほかのものはますます激しくうめき始めた。

湖のようなすすり泣きが室内に打ち寄せつつ

パヌルーの祈り声をおおい、そしてリウーは、寝台の横木にすがりついたまま

疲労と嫌悪に酔ったようになって目を閉じた。

 

再び目をあけると、タルーがそばにいた。

「とてもこれ以上、僕はいられない」とリウーはいった。

「もう聞いてられないんだ」

ところが突然、ほかの患者たちが沈黙した。

リウーはそのとき、少年の悲鳴が弱まっていたこと

それがさらに弱まり、そしていまとだえたことに気が付いたのであった。

彼の周囲では、うめき声がまた始まった―

しかし忍びやかに、あたかも今しも終りを告げたその戦いのはるかな反響のように。

なぜなら、戦いは終りを告げたのである。

カステルは寝台の向こう側にまわり、そしてもう終ったといった。

口をあけたまま、しかも声はなく

少年は、乱れた布団のくぼみに急にちっちゃくなり

涙の名残りを顔にとどめて横たわっていた。パヌルーは寝台に近づき、祝別のしぐさをした。

それから、自分の法衣を拾い上げ、中央の通路を通って出て行った。

 

「またすっかりやり直さなきゃならんでしょうか」とタルーはカステルに尋ねた。

老医は頭を振った。

「あるいはね」と、引きつったようなほほえみを浮かべて、彼はいった。

「要するに、長くもちこたえることはもちこたえたわけなんだが」

しかしリウーはすでに部屋を去りかけ、しかも恐ろしく急ぎ足で

ひどく気色ばんでいたので、彼がパヌルーを追い越して行こうとしたとき

パヌルーは腕を伸ばして引きとめようとしたほどだった。

「まあ、ちょっと、リウーさん」と彼はいった。

同じ激した身振りで、リウーは振り向くと、激しくたたきつけるようにいった―

「まったく、あの子だけは、少なくとも罪のない者でした。

あなたもそれはご存じのはずです!」