封印再度(WHO INSIDE)

 

今回は森博嗣著の封印再度

 

 

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はい、前回紹介したすべてがFになるに続くS&Mシリーズです。

実はこれS&Mシリーズの5作目なんだけど

すべてがFになるを読むきっかけになった例の動画の中で

タイトルが洒落ているという事で紹介されていて同じく興味を持った本。

この封印再度というタイトルは

サブタイトルにもなっているWho insideと英語でも読む事ができて

どちらも話の内容に関係していると。

その説明を聞いてから封印再度という単語が

出口を求めて頭の中でぐるぐるするようになった。

という訳で、順番無視してすべてがFになるの後に読み始めた......という経緯。

僕はそれぞれの話で事件は完結してるだろうし

特に順番気にしなくても大丈夫っしょっと思って読み始めた。

すべてがFになるも元々4作目だったみたいだし......。

ところが、読み始めてから僕は少し後悔する事になる。

あれ、犀川創平と西之園萌絵たその関係が変化してない?

明言はされないものの、どうやら二人のカップルが成立してるっぽいのです。

西之園萌絵たそが犀川創平に好意を抱いている描写はあったけれど

犀川創平がはぐらかして、くっつくとしても終わり辺りだろうなと思っていたので

この段階でそうなっているとは思わなかった。

間にある作品が

冷たい密室と博士たち

笑わない数学者

詩的私的ジャック

この3作なので、そこで経緯が書かれているんだろうけど

なんだかネタバレをくらったようで、思いっきり順番飛ばしの弊害が出てしまった。

ちなみに、S&Mシリーズは全10作なんですが

本来はすべてがFになるを4作目にあて、全5作の予定だったらしい。

そして、最後の5作目になる予定だったのが、この封印再度だったとの事。

本来1作目になる予定だったのは、2作目の冷たい密室と博士たち

元々全10作予定だったら、5作目時点ではこうなってはいなかったカモ。

内容の紹介。

 

今回の舞台は岐阜という事で、より身近な話になりました。

しかも恵那なので、他の東濃地域も話題に出てきたりします。

つまり、瑞浪や多治見の地名も会話に出現するので、かなり身近に感じられる。

へちま氏が爆速で飛ばすグリーンロードを

西之園萌絵たそがスポーツカーで走ったりします。

発端は、犀川創平の妹である儀同世津子(結婚しているので苗字が違う)が

西之園萌絵たそに「天地の瓢」の話をするところから始まる。

パズルマニアである儀同世津子が

木で出来た鍵が壺の中に入っているパズルがどうしても解けないと

パズル好きが集まるインターネット上のフォーラムに投稿したところ

同じようなパズルを私も持っているという返信があり

その返信をした人物は、香山マリモという有名な漫画家だった。

香山マリモの話によれば、家に代々伝わる陶器で出来た壺があり

中には金属の鍵が入っているようだけれど

壺の口よりも鍵の方が大きいので、どうやっても取り出せないのだそう。

そして、その鍵を使って開けると思われる小箱も家宝として伝えられ

「天地の瓢」「無我の厘」と呼ばれていると。

 

香山マリモの祖父は、香山風采という仏画師で

風采はある日、香山マリモの父にあたる、息子の香山林水に

開いている無我の厘と、中身が空になっている天地の瓢を見せた。

香山林水はその時、無我の厘の中に何が入っているのかを見ておらず

それは今でも分からないのだと。

そして、風采は林水の目の前で、無我の厘の蓋を閉じて

「この鍵箱の鍵は、壺の中に入れておく。

鍵箱を開けるためには、鍵を壺より取り出す必要がある。

しかし、決して壺を割ってはならない」と

香山林水に言い伝え、その数日後に亡くなったという。

胸をナイフのような物で突かれていたという風采だが

凶器は見つかっておらず、部屋が完全な密室だった事から

自殺として処理をされたと。

その部屋の中には、天地の瓢と無我の厘があった......。

ミステリー好きの西之園萌絵たそはその話に興味を惹かれ

実際に香山家に壺を見せてもらいに行く事になる。

その香山家が恵那にあるという設定。

 

そんなある日、香山林水が家から離れた河原で亡くなっているのが発見される。

林水の部屋の床には大量の血が溢れていて

そこには「天地の瓢」と「無我の厘」があった。

香山風采の時のように、いくら探しても凶器が見つからず

今回は遺体が発見されたのが密室でない事から

殺人事件として調査が始まる......。

 

というようなあらすじ。

やはりポイントは「天地の瓢」からどうやって鍵を取り出すのか

「無我の厘」をどうやって開けるのか

レントゲンで撮影をしても何も映らないという

「無我の厘」の中に何が入っているのかというところ。

そして自殺なのか他殺なのかという事ですが

壺と箱の謎が解ければ導けれるカモ。

今回のトリックは本当に理系って感じの物と

偶発的要因が重なった物になっている。

壺と箱については、なんだそんな事か......となる一方

それこそ2つで1つというような仕掛けで関心しました。

 

偶発的要因の部分は多少無理あるな~って感じがしたので

個人的にはそこはイマイチだったかな......。

西之園萌絵たその手で川創平が狼狽する様が見れるところは面白い。

犀川先生にとっては笑えない冗談だけど。

そういえば、狼狽という言葉は

狼と狽という空想の動物に由来するらしいです(唐突なトリビア

 

 

犀川は、もともと教育なんて行為を信じていなかったし

自分が教育者だなんて自覚したことは一度だってない。

教育者には、ものを教えることができる

という思い上がった信念が存在する。

それが犀川にはまったく馴染めない。

手を出さない子供にお菓子を与えることができないように

教育を受けるという動詞はあっても

教育するという概念は単独では存在しえないのである。

それに、教育には水が流れるような上下関係がある。

しかし、学問にはそれがない。

学問にあるのは、高さではない。

到達できない、極めることのできない

寂しさの無限のような広がりのようなものが、ただあるだけだ。

学問には、教育という不躾な言葉とは

まるで無関係な静寂さが必要であり

障害物のない広い見通しが不可欠なのである。

小学校、中学校と同じように

大学校と呼ばない理由は、そのためであろう。

大学とは、教育を受けるのではなく

学問をするところではなかったのか?

 

 

なかなか愉快な時間ではなかったか......。

一人暮らしの単調さが自分らしいと信じていた。

ソフィスティケイトとは正反対の洗練がある、と考えた。

けれど、この世に生きていれば

複雑と詭弁から逃れることは不可能だ。

単調さは、学問の中にしかない。

クリスマスなんて言葉は、もう十年以上

意識したことがなかったけれど

悪くはない、と少し思う。

 

 

クリスマス、正月、バレンタイン・デイなども

強制的に送り込まれてくる飾りものだ。

好きなとき、好きなだけ楽しんだ方が良いのに

人々はどうして、外部から押しつけられたもに

あんなに夢中になるのか......。

支配されることの美徳だろうか?

いや、そんな高級な嗜好とも思えない。

おそらく、自主性を保持するためのエネルギィを

本能的に節約しているのだ。

蟻の集団と同じメカニズムで、人間も行動している。

なるほど、支配されること、隷属することの美徳か。

面白い発想だ。

それも、ひょっとしたら、良いものかもしれない。

美かもしれない。

何かに振り回されるのは、気持ちの良いものだろうか?

ジェットコースターみたいに......。

 

 

「コーヒー飲んだら帰るんだよ」

フィルタをコーヒー・メーカにセットしながら彼は言った。

「まさか......」

萌絵は顎を上げて微笑む。

「本気でおっしゃっているの?先生......

論理的ではありませんけど、とにかく、今夜はクリスマス・イヴなんですからね」

「だから?何なの?」

「いいわ......。

まあ、遅刻は許してあげます」

萌絵は両手を腰に当てた。

「とにかく、苦いコーヒーを飲みましょう。

森羅万象、すべてはコーヒーを飲んでからっていうでしょう?」

「いわないと......思うけど」

「復活しますからね、私......。

お・た・の・し・み・に!」

「何、わけのわかんないこと言ってるのさ......。

まだ酔っぱらってるね、君」

犀川はテーブルに戻りながら言う。

「そうだ、西之園君、オセロしようか?」

「嫌です」

「じゃあ、トランプは?」

「ノー」

百人一首とか?」

「オージーザス......」

萌絵はくすくすと笑う。

百人一首ですか?それは、ちょっとそそられるけど......

先生、そんなもの持ってないんじゃないですか?」

「実は持ってない」

 

 

「私がその時代に生きていたら

絶対、絶対、謎を解いてみせたのに......

ああ、残念だわ。

埋もれてしまっているのよね

まだまだ、沢山......

西之園萌絵に解かれずに眠っている謎が......」

そう言ってから目を開き、にっこりと微笑みながら

彼女は、首を傾げて片手で髪を払った。

少しだけ伸びた彼女の髪型を犀川は気に入っていたが

それを口にしたことはなかった。

ラッコが貝殻を割るために大切に持っている小石と同じで

そんな些細な沈黙が、犀川のプライドだったからである。

プライドで貝殻は割れないけれど......。

 

 

「どうしてぇ?」

萌絵は唖然とした表情に変わった。

「どうして......、わかるんですか?あの......」

「顔に書いてある」

「そんなに沢山のこと、顔には書けません。

私の顔、黒板じゃないんですから」

 

 

「あの、質問に答えるまえに、煙草を一本吸ってもよろしいですか?」

「ええ、けっこうですよ。

私もいただきます」

夫人はバッグから煙草を取り出した。

「これ、主人には内緒ですのよ......。

私が煙草を吸うと、何千票かマイナスなんですって」

「いえ、少なくとも一票は増えると思います」

 

 

「門松の三本の竹はね、長さが七対五対三なんだ」

犀川は歩きながら言った。

「七五三ですね?」

萌絵がそちらを見ながら言う。

「日本の美は、だいたいその七五三のバランスだ。

シンメトリィではない。

バランスを崩すところに美がある。

もっと崇高なバランスがある」

「たとえば?」

「そうだね......、法隆寺の伽藍配置

それに漢字の森という字もだいたい

三つの木の大きさが七五三だね。

東西南北という文字だって

左右対称を全部、微妙に崩している......。

最初からまったく非対称というのでは駄目なんだ。

対称にできるのに、わざとちょっと崩す。

完璧になれるのに、一部だけ欠けている。

その微小な破壊行為が、より完璧な美を造形するんだよ」

 

 

「ご主人は、絵を描かれたのですね?」

「はい」

夫人はゆっくりと頷いた。

「その三日間で、あの方は私の絵を描かれました」

「その絵を拝見できませんか?」

犀川は身を乗り出した。

「是非、僕に見せて下さい。

お願いします」

「あの方が亡くなってすぐ、私は、その絵を焼きました。

今はもう、ございません」

「焼いた?」

犀川は背筋が寒くなった。

「絵を焼いたのですか?」

「そうです」

「何故?」

「そうすることで、完成するからです」

「はあ......、それは、残念ですね......」

犀川は無理に微笑んだが、躰が震えていた。

「それも、ひと欠け......、なのですか......」

彼女は微笑んだ。

ぞっとするほど美しい、勝利の微笑だった。

 

 

「記念すべき日って何です?

今そうおっしゃいましたけど......」

「記念すべき夜」

犀川ははっきりと発音した。

「何の記念?」

「新しいことを知った夜さ」

「新しいこと?」

「いや、古いことかな......、まさに、温故知新だね」

「あの......、先生。

私に理解できるような表現をしていただけませんか?」

「東洋人というか、日本人というのか

とにかく、この辺りに住んでいるのは、奥ゆかしい民族だね」

犀川は説明した。

「自分を表に出さない。

自分を消そうとする。

それが、自分を高めることだと信じている。

己を殺すこと、腹を切ることが綺麗なことなんだよね。

美しいと、ビューティフルは、全然違う意味じゃないかな。

きっと、綺麗な夕日を見て、ああ死にたいって思ってしまうんだ。

しかも、それが全然悲愴じゃない。

どうして、こんな綺麗な感情ができたんだろうね?

なんかさ......、異物を押し込まれたところに嫌々できる

真珠みたいだと思わない?」

「全然、わからないわ。

何をおっしゃっているのですか?」

「まあ......そうだね。

新手のジョークだと思ってもらえたら、本望だけど......

結局ね、すべての記念日は、真珠と同じだってこと」

 

 

朝、ベッドで目覚めるとき

自分は生まれ変わっているのではないか、と

ときどき犀川は思う。

昨日、一昨日の自分と

今日の自分は、どう関連しているのであろうか。

パソコンがOSを読み込んで立ち上がるように

毎朝、自分の犀川という名前を思い出し

同じ役柄を演じようとしている別のハードではないのか......。

明日、明後日の自分は、今どこで出番を待っているのだろう。

人間の意識とは、本来それほど不連続なものだ。

大切なことが、幾つも忘れられていく。

おそらく、ずっと切れ目なく繋がっていたら

崩壊してしまう弱い精神力......

ずっと考え続けれいれば、気が狂ってしまう脆い思考力......

そんな不完全な人類の能力を保護するために

あらゆる意識を忘却し、形骸化し、印象化し

そして、微粒子となるまで粉砕し

選ばれた小さな結晶だけを、点々と順番に並べながら押し込めていく。

そんな精巧な装置が、人間の躰のどこかで働いているのに違いない。

残りの微粒子は、どこへ行くのか?

風で飛ばされてしまうような、軽い小さな結晶は......。

そんな結晶が、今でも世界中を浮遊しているのだろうか。

 

 

約二万日の人生の記述なんて

CD一枚をいっぱいにすることさえできない。

それに、記述しても、記述しなくても、何も変わりはない。